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記事の担当 ウ・サギ
Q.「死にたくていい、そのままでいい」に所長(代理)さんも賛成しますか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.「死にたくていい、そのままでいい」なんて言葉をよく聞くのですが、所長(代理)さんもその言葉に賛成しますか?全く悪意はなく、寧ろ善意で言われているのに、違和感を持ってしまう自分が嫌いです。

A.その「死にたくていい、そのままでいい」は、「死にたいと思うことを否定しないし、言っても大丈夫だよ」といった意味合いで使われているのでしょうね(たぶん)。でもだとしたら、「死にたいと思うことを否定しないし、言っても大丈夫だよ」という言葉にしてほしいところです。

ウ・サギは死にたい気持ちを抱えており、かなりそれが深刻な時期もあったので、当時「そのままでいい」なんて言われたら「何も知らないくせに気楽なこと言いやがって」と内心ブチ切れてただろうと思います。
どんなに善意だろうと、むしろ善意であればあるほど、自分よりつらくないだろう人から想像力の足りない(と自分は感じてしまう)発言をされるのは、もやっとするものだとウ・サギは思います。

違和感は誰かと一緒に研究・解剖すると、自分への理解も周りへの理解も深めることにつながっていくとウ・サギは感じます。
また何か違和感があったら、いつでも質問をください。

update 2025/1/6
Q.制服でトランスジェンダー向けのズボンは増えてきたけど、スカートはなぜ少ないのか。悲しい。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.最近、トランスジェンダー向けのスーツや制服などが増えてきたように感じます。ですが、ほとんどFTM向けのズボンです。スカートはなんで少ないんでしょうか。悲しいです。

A.自分の望む装いが叶わないのは(あなたはスカート希望なのかなと推測しています)、ほんとに悲しいですね…。
見た目も自分の大切な一部でアイデンティティなので、そこで自分らしさが叶わないのは、人格や心の一部を不当に奪われているに等しい気がします。(逆に、それが平気な人は、見た目があまりアイデンティティと結びついてないのかもしれません)
誰がスカートだろうとズボンだろうと誰に迷惑をかけるでもないはずですし、そもそも制服を着ない自由もあるべきだし、選択肢は多ければ多いほど社会は健全だと思うのですが、選択肢が少ない社会で残念です…。

スカートの制服を割り当てられた人がズボンを穿くよりも、ズボンを割り当てられた人がスカートを穿く方があまり進んでいないのは、なぜなのでしょうね…。
私服でシス女性でもズボンは一般的で、シス男性のスカートはまだ一般的とは随分距離があるので、何かしら感覚的な抵抗を感じる人が多いとかはあるのでしょうか。倫理的な問題がなくとも、「感覚的な」抵抗をもつ人が多いほど(感覚で誰かの自己表現を制限されても困るのですが)、選択肢を増やす足取りは重くなる気はします。

こうやって率直に、「なんで?」「悲しい」という発信をしてくれることは、みんなが考えるきっかけになるので、とても大切だと思います。

update 2024/12/29
Q.相談員さんは「話してくれてありがとう」などと言うけど、どうしてそんな事を言うの?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.相談員さんは、「話してくれてありがとう」「今回は死なないと言ってくれてありがとう」「また貴方と話したい」などと言ってくれます。けど、お礼を言うべきはこちらなのに、私にそんな事言われる価値なんてないのに、どうしてそんな事を言うんですか?

A.相談員さんごとに理由は違うかもしれないので、「こうかも?」とウ・サギが思うことを並べるだけになりますが、
・あなたに相談することへの不安や申し訳なさを感じ、それを和らげたいと思った
・大変そうな状況のため、また相談してもらうことが必要だと感じた
・そういった言葉がけがマニュアル的に推奨されている
・相談者に死なれてしまうのが自分は怖いから、死なないという言葉に安心してそれを「ありがとう」と表現した
などが浮かびました。

「話してくれてありがとう」は、死にたいと言われたときや、何か言いづらいことをカミングアウトをされたときなどに、そう言葉がけをしましょうと推奨しているパンフレットやら動画を時々見かけます。それは、私は否定せず受け止めるよ、安心して話して大丈夫だよ、と伝えるのが目的だという話だとウ・サギは捉えています。
だから「ありがとう」という言葉は、感謝というよりは、話して大丈夫だよというメッセージの意味合いが強いかもしれません。(日本語って難しいですね…)

update 2024/12/27
Q.認めてほしい気持ちと、誰にも認識されたくない気持ちがせめぎあっている
この記事の担当 ウ・サギ

Q.誰かに自分を認めてほしい気持ちと、自分は存在自体が恥ずかしいから誰にも認識されたくない、消えてしまいたいという気持ちがせめぎあっています。人に認められるだけの価値など自分にはないと分かっているのに。

A.消えたい気持ちの中には、恥ずかしいという思いが含まれていることが多いと何かで見たことがあるのですが、恥というのは一体どこからどう生まれる気持ちなのだろう、とウ・サギは常々研究したいと思っています。
こうあらねばという強迫的な理想とかがポイントだったりするのでしょうか…?

何が「人に認められるべき価値」になるのかウ・サギにはわかりませんが、こうやって生きづLABOを訪れてくれたことも、質問を送ってくれたことも、一つの認められるべき行いだとウ・サギは思います。
なぜなら、それは自分で感じて、自分で選んで、自分でした行動だからです。脅されてとか、誰かに扇動されてとかで、サイトを見にきた人はたぶんいないですよね。
そういった自主性は、いわゆる普通に生きている人たちよりも、むしろ生きづらい人の中にあると思いますし、生きやすい世の中になるためには自主性の復興(?)が大切だとウ・サギは感じています。
勝手に語ってしまってすみません……。

update 2024/12/24
Q.最近自信がなく自分の気持ちも分からない。もう全部終わりにしたい。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.最近、自分に自信が持てず自分の気持ちも分からなくなってきました。夜寝る前に 今の自分は何がしたいのか、何を目指したいのかと考えて心がぐちゃぐちゃになって泣いてしまいます。もう全部終わりにしたいです。

A.とても疲れちゃった、というのが一つの確かな気持ちのようにウ・サギは感じました。
「したいこと」ではなく「したくないこと」を考えてみて、なるべく自分の負担を減らすことを目指してみるのもいいのかもと思ったのですが、どうでしょうか……。
いずれにせよ、余裕がないと自分の望みもわからなくなってくると思うので、まずは現在の状況やコンディションの整理に目を向けて考える方がいいのかな…?と思いました。
もし叶うことなら、誰に何を言われることなく、日々何に追われることもなく、将来のことも何も考えず、のんびり過ごせる休暇をプレゼントしたい気持ちです。

update 2024/12/24
Q.LGBTQかどうかは、見た目で分かるものですか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.LGBTQ かどうかは、見た目で分かるものですか?友達や親に「この人は見た目が〇〇っぽいよね」とか言われても困るし、私も多分 LGBTQだけど彼等が言うのと違う見た目ですし。

A.私たちが周りのことを「分かる」と思う感覚は、基本的に自分の思い込みで勘違いである可能性を大いに含んでいますし、見た目で分かると断言できることなんて無いとウ・サギは思います。
ウ・サギの経験的に、LGBTQといえど見た目や振る舞いは様々です。(傾向的にいえば、性自認のマイノリティ性は表現に出る場合が多いかと思いますが、性愛指向は表現に出ない場合が多いと思います)
十分な理解のないままLGBTQという言葉だけが妙に広まっているので、そういったことが起こっているのかな…と思いました。

update 2024/12/23
Q.人間と他の生物の違いは思考や感情があるところなら、失感情症は人間と認められない?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人間と他の生物との違いは、思考や感情があるところだと聞きました。
もしそうならば、失感情症の人間は人間と認めてもらえないですか?

A.人間と他の生物との違いが何かはウ・サギは無知でわからないのですが、あなたという人間と他の生物との違いだけに絞るなら、それは概念というものを獲得している部分に見出せると感じました。
人間の定義を考えたり、失感情症という形のないものに名前をつけられるのは、他の生物には(おそらく)できないことです。

うまくいえないのですが、たとえ思考や感情がはっきりとしなくても、どんな人間も「心」はもっている気がするのですよね。悲しみを抱いたり、居場所がないと感じてつらくなったり、人とのつながりを求めたり・・・感情を失うのも、その働きがあるゆえに起こる気もします。

update 2024/12/20
Q.「やったほうがいいのかな」と思いつくと「何でそんなことしなきゃいけないの?」という気持ちが出てくる
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人生に行き詰まり中の大人です。「やったほうがいいのかな」みたいなことがいくつか思いつくのですが、そのことについて考えると「何でそんなことしなきゃいけないの?」と怒りと悲しみが混ざったような気持ちが出てきて駄々をこねたくなります。

A.リベンジ夜更かしならぬ、リベンジ反抗期のようなものなのだろうか…?ウ・サギは思いました。
「やったほうがいいのかな」くらいの考えは受け流して、「やってもいいかな」「やってみたいな」が湧きおこるまで、しっかり怒ったり悲しめたらいいのになあ…と思います。

話が質問の趣旨とズレてしまうのですが、何でそんなことしなきゃいけないの?というのは、とても大切な問いかもしれないとウ・サギは感じました。時々自分に問いかけてみようと思います。

update 2024/12/20
Q.学校に行きたくない。でも学校に行かない選択肢はない。
この記事の担当 ウ・サギ

A.学校に行きたくないです。色んなことにイライラするし、嫌になる。そして不安になる。自分でもどうしていいかわからない。でも学校に行かない選択肢はない。だって親に言わないといけないから。それは絶対にできない。なんだかどこにいても落ち着かないです。

Q.ストレスいっぱいなのが伝わってきます。
「希望の国のエクソダス」という本があるのですが、その本では子どもたちが全国各地で集団不登校を起こします。子どもたちにとっては行かない選択の方が今どきでかっこいいものになって、大人たちもあまりにみんなが行かないので、怒るというアプローチも力をもたなくなってしまいます。
読んだのは十年以上前なのでちょっと間違ってる部分があるかもしれませんが…。
でも、そんな風になれたらどんなにいいだろう、と切実に思いました。生きづLABOのみんなとひそかに作戦を練っておきます。

update 2024/12/16
Q.研究員ブログの更新はいつ?終わっちゃったの?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.研究員ブログの更新はいつ?終わっちゃったの?

A.はっ、、!更新、止まってますね。
終わっちゃってはいないです。
頑張ります(小声)
でもこのQ&Aシリーズは、質問してくれる方たちの問いによって考えが生まれていくので、ささやかな共同研究にも感じています。

update 2024/12/16