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Q.親が自営業なんだけど、客が少なくなって、貧乏です。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.親が自営業なんだけど、客が少なくなって、貧乏です。親も死にたいみたい。あんまり私の前では言わないけど。借金の話もしていて、気分が落ち込んじゃいます。これから、高校、大学とお金がかかるのに・・・

A.借金の話題がもれ聞こえてくると子どもとしては心配になるのも無理はないと思います。いろいろわからないことがある中で不安があると思いますが、推測するに、課題がシンプルなので、いざとなったら方法はありそうだと感じています。
借金問題や事業不振については、決断次第で、自己破産や倒産など公的な手続きとして白旗を上げることができます。負いきれない借金を清算する方法もありますので、借金やお金がないことを解決する方法はあると思っておいてください。(親も知っているかもしれないし、知らないかもしれないですが)くれぐれも大変な状態を無理して引っ張らずに引き際が大事だとカエル的には思います。…とここで答えても、親が見てくれるわけじゃないだろうけど。カエル的には商売や水物ですから、うまくいかないこともありますから、倒産したり自己破産することをそんなに大きく恥じることはないと思っています)
また、親が経済的に大変だとしたら、進学の際には使える奨学金もあります。少し前は多額な借金を抱えるような貸与型が主流でリスクが高かったのですが、最近は給付型の奨学金が増えているので、家庭の経済的な事情があっても進学できる道はずいぶんと増えたと思います。また、世間では人手不足が深刻化しているので、大学生のアルバイトも選べるほどあるとは思います。ただ、バイトと学生の両立などが難しいことはあるかもしれませんが、難しければ、働きながら通信の大学に進学するとか、定時や通信の高校だとバイトがしやすいと思います。
あなた自身の進学について相談できるところを確保するのと同時に、親に「大変だったら、自営業たたんで、他の仕事をやってみたら?」とか「借金が大変なら倒産とか自己破産するのも一つの方法だって聞いたことあるよ」と言ってみるのも手かもしれませんね。

update 2025/4/21
Q.「いつかは賃労働を、経済的自立を」が前提にあるのが無職が追い詰められる原因な気がする
この記事の担当 生きかたカエル

Q.例えば公的制度等を活用して賃労働をせず生活している方にも、風潮的にも仕組み的にも「いつかは賃労働を、いつかは経済的自立を」が前提にある気がするのです、それが無職の方が心身共に追い詰められる原因な気がするのですが、それについてどう思いますか
(編集補足:「Q.無職なら馬鹿にしても否定しても悪扱いしてもいいなどの風潮が社会に強くあるように感じて苦痛」を見ての質問だということです)

A.とても妥当な指摘だと思いますね。世の中の多くが、働くことがいいことで目指すべき方向性がそこにあるような風潮があります。そして、働く=賃労働という理解が強いと思います。カエルも、障がいがある人も納税者になろうとか、いつかは一般就労みたいなキャッチを見ると、とても理解が狭いと思うし、そうした狭い理解が一部の人を苦しめているとも感じます。
もっと多様な働くがあり、もっと多様な生き方があり、そして、多様な考え方も「それもありかもね」ぐらいに認められることで、追い詰められなくても済むことがたくさんあると思っています。

update 2025/4/21
Q.適応障害って、いつ働けるようになると思いますか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.適応障害って、いつ働けるようになると思いますか?

A.適応障害という括りよりは、「心の健康を崩してしまった状態から、働ける状態に戻るまでどれくらいかかるか?」というので考えて回答させてもらいますね。
ずばり答えは、「必要な分だけ休めば働けるようになる」だとは思うのですが、①「必要な分」とは、②「休む」とは、③「働ける」とは、の3点に分けて整理してみたいと思います。
①「必要な分」とは
例えば、同じ適応障害という診断がついていても、背景にある心のダメージの量や質はかなり個人差があるかと思います。幼少期から家庭環境などでダメージを受けていて、ずっとギリギリでいたところに限界がきたパターンから(複雑骨折のイメージ)、それまでは比較的健康に自分らしく生きてきたけど、今いる環境が合わなくてメンタルを崩したパターン(風邪を引いたに近いイメージ)、その他諸々あるかと思います。ダメージの質や量によって、回復にかかる時間も、必要な社会資源も、ひとまずどのラインまでの回復を目指すかも、変わってくるように感じています。
②「休む」とは
休むも、ただ仕事を休むだけで十分に休めるとは限りません。住環境(人間関係含)にストレスがある、病院の先生とうまくコミュニケーションがとれない、焦りや自己嫌悪が強いなどの状態だと、なかなか休めていない場合もあるかと思います。質のいい休みがとれれば、いずれ回復すると思いますが、休む環境が整わないと回復には時間がかかってしまうかもしれません。
③「働ける」とは
働けるか否かは、職場の理解や業務内容とのマッチングでハードルが変わるかと思います、理解ある職場、自分に合う仕事であれば、最低限回復すれば働けるかもしれませんし、自分にとってハードな職場環境と内容であれば(ブラックな職場や苦手な職業はそもそも選ばない方がいいですが)、十分に回復してからじゃないと働くのは難しいかもしれません。また、今はどうしても生活するためには、フルタイムに近い就労が必要な場合が多いですが、本来は働くのは衣食住を確保するための「手段」であって「目的」ではないはずです。だから働くことだけが絶対のゴールではないはず・・・とは、一応お伝えしておきます。
メンタルの不調は「このままの生き方を続けてはいけないよ」というサインだとウ・サギは感じています。だから、適応障害でも他の診断名でも診断がなくても、自分らしいペースや生き方をちょっぴり掴めそうになってきた、何かしてもいいかなと思えてきたときが、何かをやり始めるべきタイミングなのかなと思っています。

update 2025/4/21
Q.無職なら馬鹿にしても否定しても悪扱いしてもいいなどの風潮が社会に強くあるように感じて苦痛
この記事の担当 生きかたカエル

Q.無職なら馬鹿にしても否定しても悪扱いしても見捨てても何かを強要してもいいという風潮が社会に強くあるように感じて苦痛です。無職のまま過ごしたい方「も」心身ともに安心安全に暮らせる仕組みと風潮の社会の方が人間皆生きやすいのではないかと感じます。

A.カエルとしては、無職だろうが有職だろうが、誰だろうが馬鹿にしたり否定したり、悪者扱いしたり、見捨てたり、何かを強要していいというはありませんので、まずもってそうした扱いや風潮があるとしたら、そのものに異議を唱えます。
そして、誰でも心身ともに安心安全に暮らせる仕組みが必要だと思っています。そこには職があるかないかは全然関係ないことかなと思います。無職のまま過ごしたい方がどういった方かわかりませんが、仕事として給料をもらってやるかは別として、我々は協働的な社会で暮らしているので、どんな人でも何かしらの役割を果たすことは大切だろうと思っています。具体的にはこうして質問箱に質問することも立派な役割だと考えています。

update 2025/4/13
Q.障害者だから仕事につけなかったり収入が低いのは仕方ないことなんですか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.障害者だから仕事につけなかったり収入が低いのは仕方ないことなんですか?

A.障がい者だから~という考え方はカエルとしてはあまりしたくはないです。
もしもカエルが誰かに「カエルだから、はける靴がないのは仕方ないよね」と言われるととても嫌な気持ちになります。なぜなら、カエルと言っても、それぞれ違うからです。そもそも、カエルがみんな靴をはきたいと思っているわけでもないですし、はける靴があるカエルもいれば、そうじゃないカエルもいます。ただし、相対的に見て、人間よりもはける靴は少ない(まぁめったにお目にかかれません)ことは確かです。でも、それをもって「カエルは〇〇だから、仕方ない」と周囲に決められるのは違うような気がします。
それと同じように、「障がい者」といっても、一人ひとり違って、働くことに対してもそれぞれだと思います。それを、「障がい者だから」というまとめ方をすることには、(社会に向けて)異議を唱えたいです。

そして、次なる論点は「仕事につけない、収入が低い」という部分です。
カエルは「仕事に就く」ことと「収入が高い低い」は本来は別のことだと思っています。しかし、今の日本社会(人間界)が資本主義を採用していることから、仕事をすることと、収入を得ることがほぼ同義で扱われてしまい、しかも、収入が高い=立派な仕事をしていると勘違いしている節があります。
その勘違いが、「障がい者は仕事ができない、収入が低くて社会的地位が低く扱われている」という理解を生み出しているように思います。
本来の「働く」ことはお金以上の価値を生み出すことがあります(代表的なものとして、家事や子育て・介護、社会活動など)。また、労働をしなくても存在そのものが価値を生み出すことも当たり前にあります。資本主義の影響力が強いために、人間界がお金にだけ特別な高い価値があると思ってしまうのではなく、お金と並行してお金以外のものの価値をもう少し可視化したり、分かち合うような文化や仕組みができたら、障がい者だから…だけではなく、他の〇〇だから…仕方ないというまとめ方をせずに、大切なことを語り合えるような社会になるだろうとカエルは思っています。

さらには、そうした資本主義の中で金銭を稼ぐことがどうしても難しい人のためにどういう仕組みがあるのがいいかは別に考えていく必要はあると思っています。
カエルは現金じゃなく、住むところ(水道光熱費付き)と食べるものは現物で保障したらいいのにとかねがね思っています。その人なりの「働き(広い意味での)」に対して生活保障してくれたら、生活のために心身をすり減らして働かなければならないということはなくなると思うのです。(この辺は長くなるので、次の機会にとっておきます)

update 2025/2/27
Q.中学までが義務教育なのに、なんで高校大学に行かないと就ける職業が減って給料も良くないの?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.中学校までが義務教育なんでしょ?なんで高校まで、大学まで行かないと就ける職業が減って、給料も良くないの?だって、中学までの内容が生きていくのに最低限度なんでしょ?だったら、もっと教育を皆が受けられる期間を長くすればいいじゃん。

A.教育と職業との関係性は、もっと議論と改良の余地があるし、変えるべきだとウ・サギも思います。
あまりウ・サギも詳しくはないのですが、外国のそのあたりの仕組みを色々見てみると興味深いです。どこかでは、大学はそもそも基本が「一回社会人になってから入るところ」で「入るのは簡単だけど卒業するのは大変」というものになっていると聞いたことがあります。あとまた別の国では、中学校くらいまでは共通のプログラムで、それ以降は手を使う方の職業にいくか、頭を使う方の職業にいくかで、全然別の学ぶ内容になる、というのも聞きました。(どちらもうろ覚えなので、違ったらすみません)
どのような制度にするのがいいのか、ぜひ一緒に考えましょう。

update 2025/2/19
Q.自分のペースを大事にとわかっていても、周りのように働きたいと焦ってしまう
この記事の担当 やみーペン

Q.療養中です。ちょっとずつ調子が良くなってきたので、アルバイトを短時間し始めました。自分のペースを大事に、とわかっていても、周りの友達のようにフルタイムで働きたいと焦ってしまいます。

A.周りと比べてしまうと焦る気持ちがでちゃうってよくあるよね…なんでだろ?やみーペンはいつも自分のペースが分からなくなりがちだから、周りを見て答えを求めちゃうタイプなのかも?とは思ってるけど、いろんなタイプはありそう。
まずは調子が良くなってきた記念をやみーペンと祝おう!カエルにおいしいものを作ってもらわない??

update 2025/2/19
Q.大学進学で家を出れそうだが正月は帰省する話になっている。角を立てずに帰省しない方法は?
この記事の担当 やみーペン

Q.大学進学でやっと家を出られそうなのですが、親との会話で、少なくともお正月は帰省する話になってしまっています。他の人の介入が必要なほどの問題はないのですが、同じ空間にいることが苦しいです。角を立てずに帰省しない方法はありますか?

A.家を出れるのおめでとう!苦しくならない距離になれるといいねぇ〜
やみーペンなら年末年始の時給が高いバイトするよ!距離もとれてお金も稼げて一石二鳥だと思う!

update 2025/2/16
Q.自殺対策に関わる仕事がしたいけど覚悟が決まりません。みなさんはどんな思いで活動されていますか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.自殺対策に関わる仕事がしたいけれど、終わりのない泥沼に入っていくことになるのではないかと怖くて、覚悟が決まりません。みなさんはどのような思いで活動していますか?

A.カエルはそもそも泥沼で暮らしているので、泥沼はわりと居心地がいいです。しかも、覚悟なんて考えないうちに、気づいたら、ここにいます。
それよりも、質問者がなぜ自殺対策に関わる仕事がしたいのか、知りたくなっているカエルです。覚悟はせずとも、願いや思いを頼りに漂っていると、行きつくところに行くのかもしれません。それが、結果として泥沼だとしても、かえって息がしやすいときがあるものです。

update 2025/2/16
Q.なんで苦しんでまで働く必要があるわけ?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「働けない人って、どういう人だと思う?」『病気の人とか?』
、、、精神疾患で苦しんでる人のことは、考えてないんだろうな。そもそもなんで苦しんでまで働く必要があるわけ?

A.カエルは「働けない人」というのはいないと思っています。
どちらかというと、「働くチャンスをもらえない人」とか、「働く環境がすぐにはない人」ともいえるかもしれません。
カエルもそもそも、苦しんでまで働く必要はないと思いますし、「働く」=お金を稼ぐことともあまり思っていません。
こうして「働くこと」について考えて、疑問を投稿することも、カエル的には働くことだと思っています。自分たちの暮らす社会について考えて、自分なりにアクションを起こすことは「働く」ことにつながっていると思います。むしろ、与えられたことだけ考えもせず、こなすだけになるのならそれは「働く」のではなく、「こなす」「作業をする」ということになり、この量が増えると、社会は生きづらくなるというのがカエルのリサーチ結果であります。もっと、働くことについて考えていくのが大切だと思うのです。

update 2025/2/12