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カテゴリーQ&A
Q.親は「遺伝子をのこす事がヒトの生きる意味」と言う。異性を好きになれない私はなんで生きてるの?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.親は、「結婚や出産は絶対にするべき」だと言います。「遺伝子をのこす事がヒトを含め生き物の生きる意味なんだから」とも。それなら、異性を好きになれない私はなんで生きてるんですか、、?

A.ウ・サギとしては、親の考えは偏っているし、筋の通ってないものだと思いました。
人間社会というのは、本能(動物としての生きる意味)よりも理性や心を尊重するという理念で成り立っているものです。もしそうでないなら、それぞれが自分の欲求を最優先し、弱者は淘汰され、私たちのほとんどは安心して生きられなくなるでしょう。
だから生き物のロジックを繁殖にだけ適用しだすのは、変てこな話です。

ただ、子どもが産まれないと社会が存続しなくなるのも一つの事実です。しかし、だからといって「結婚や出産は絶対にすべき」というのは飛躍した論理だと思います。
とりあえず今のところは放っておいても、出産する人々・出産願望のある人は一定数いるようですし、社会の存続には「産む」ことだけでなく、「育てる」人やチカラ、それを支える環境(住まい、医療、学校、福祉…)も欠かせません。
もし人間の生きる意味を定義するなら、無理ない範囲でそのどこかを担うことかとウ・サギは思いますし、逆に、すでに無理なく社会が存続できているなら、たまーに必要なときだけ動くのんびりな人がいていいと思っています。
大人たちには、結婚やら成績やらの目先の何かにとらわれず、人々の心が守られる、持続可能な社会をつくることを真剣に考えてほしいと思います。

update 2025/2/12
Q.通信制高校に通っていてほとんど家にいるが、何をしたらいいと思う?毎日暇です。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.通信制高校に通っていて、年に何回かくらいしか登校しないから、ほとんど家にいるのですが、何をしたらいいと思いますか?まわりの大人に聞いたら、勉強とかバイトとか言われました。やっぱり勉強とバイトですか?毎日暇です。

A.なるほどです。ウ・サギとしては、何もせず過ごすのもいいとは思いますが、毎日暇だと感じているのなら、何かすることを探してみましょうか。

勉強とかバイトは、ウ・サギ的には「してもいい」くらいで、「したらいい」とはあまり思いません。なぜなら、責任や負荷のあまりない世界で、いろいろなものに触れることが、成長のためには大切だし、そういうのを思う存分できるのが子ども時代の強みだからです。

まず思いついたのは、何かボランティアや、興味のあるイベントや活動への参加です。「勉強とかバイトをしたらいい」と言わないような、自由な大人と出会う機会があると、あなたの世界が広がりそうだとウ・サギは思います。
一人で何かを突き詰められるタイプなのであれば、料理をやってもいいし、Excelあたりを触っておくのもいいですし、動画制作なんかも面白いですし、たくさん読書するでも、イラストを描くでも、とにかく何か興味の持てることをやるのがいいと思います。
誰かに強制されてやることよりも、なんとなくでもいいので自分で興味をもってやってみることの方が、のちのち役に立つとウ・サギは感じています(そのための時間を多くとれるのが通信制高校の強みだとも思います)。
やってみて「向いてないな」「興味ないや」とわかったら、それも一つの収穫です。

update 2025/2/12
Q.我慢って必要だと思いますか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.我慢って必要だと思いますか?我慢することで頑張っている自分を褒めたくなることもあるけれど、我慢なんてするんじゃなかったと後悔することもあり、難しいです。

A.それは「我慢」をどう定義するかによるので、難しいところですね…。ウ・サギは「しなくてもいい我慢はしないのが一番」だと思っていて、「本当に我慢が必要なときはした方がいいだろう」と思っています。
しなくていい我慢は、極端な例をあげると、体育会系のしごきのようなものです。上級生に理不尽に攻撃されるとか、科学的根拠もなく水を飲まないで走らせられるとか・・・。それを我慢し続けると悪しき風習が続いてしまうので、逆に、我慢しないことが大切になると思います。(ただ、NOを言うのは勇気やエネルギーが必要なので、我慢せざるえなかった人を責める意図はありません)
必要な我慢は、例えば災害があって水の量に限界があるときに、たくさん飲まないように我慢する、といったものです。あとは必要まではいかないですが、オリンピックに出たいとかであれば、目先の欲をほどほどには我慢できた方が結果を出せる可能性は上がりそうです。

まとめると、
・自分含めた誰かの生存や安全のためには、我慢することには価値がある
・誰かの欲望や思考停止の指示(勉強しろなどはこれに該当するとウ・サギは思います)には、我慢をしない方がよい
・どうしても叶えたい夢や出したい結果などがある場合には、我慢する力があった方が便利
というのが、ウ・サギの我慢論です。

update 2025/2/12
Q.上手な休み方を教えてください。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.上手な休み方を教えてください。ただ家にいるだけでは手持ち無沙汰な感じがして、心の居心地がよくなくて、困っています。

A.上手な休み方はカエルもよくわからないので、お役に立てるか心配です。
ただ、家にいるだけでは手持ち無沙汰ということなら、お散歩なんてどうでしょうか。お散歩は太陽の光を浴びたり、風を感じたり、何よりも一人の世界にいるような気がして、いったん心が空っぽになる感じが好きですね。
あとは寝ることはどうでしょうか。カエルは寝るのが得意なので、休むといったら寝ることをお勧めしたくなります。

update 2025/2/12
Q.みんなのタイプな人(?)は?教えて~
この記事の担当 所長室

Q.みんなのタイプな人(?)は?
教えて〜

A.うさえなが:みんなタイプ!
ウ・サギ:無表情な生物といると落ち着きます
生きかたカエル:しいていうなら個性的な個体ですね
やみーペン:ジェラートくれる人!

update 2025/2/12
Q.人生において分けることも大事かもしれないが、グレーゾーンを持った社会であってほしい。
この記事の担当 うさえなが

Q.人生において、黒か白か、良いか悪いか、出来るか出来ないか、好きか嫌いか、分けることも大事なのかもしれない。でも、グレーゾーンを持った社会であってほしい。グレーゾーンは必要だと思う。

A.グレーゾーンってなあに?
でも、なんかかっこいいから、いいと思う!
我もグレーゾーンがいい♪

*生きかたカエルから補足*
カエルは物事はすべてスペクトラムであり、グレーゾーンは当たり前のことだと思っているので、同意します。
ただ、時には明確にすべき課題もあるとは思うので、どれぐらい黒に近いグレーなのか、白に近いグレーなのか、そしてそのグレーは何を意味するのか考えることは忘れたくないです。
おそらく、白か黒かという二項対立の思考は分けてしまうことでそれ以上考えることをやめてしまいがちなところに大きな課題があると思っています。だから、グレーだと決めてしまって、思考停止するのならそれはそれで危険なことだとカエルは思うのです。

update 2025/2/12
Q.計算された可愛さを目の当たりにすると嫉妬してしまう
この記事の担当 ウ・サギ

Q.計算された可愛さを目の当たりにすると、なんとなく嫌な気持ちになって嫉妬してしまう。あぁ、私は愛されないのにな、って。。。

A.「計算された可愛さ」というものがあるのですね。ウ・サギは可愛いの基準がどうやら周りとズレているので、そういった可愛さには何も気づかずに生きてきたかもしれません。

自分がほしいものを手に入れている人を見て嫉妬するのは、自然な心の動きだと思いました。でも計算された可愛さに「可愛い!」となっている人が、本当に相手を愛してるかというと微妙な気はします。愛の定義は難しいですが、ありのまま、それが「計算された」可愛さだというのも含めて愛していないと、愛ではないような・・・?

update 2025/2/12
Q.大人は子供より嘘つき。なぜ児相とかで親が謝ってきたらその子を家に戻してしまうのか。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.大人は子供より嘘つき。人生を長く生きて、嘘の上手なつき方も知ってる。なのになぜ児相とかで、親が謝ってきたら、その子を家に戻してしまうのだろう。なぜ子供の声を守らないのだろう。その子が帰った先で、どれだけひどいことをされるか想像も出来ないのか

A.あなたの訴えをカエルがあちこちで普及したいぐらい、もっともな意見だと思いました。カエルも、似たような話を何度も聞いたことがあり、悔しい限りです。
少なくとも、子どもが「帰りたくない」と言ったのなら、それを尊重して、別のところで暮らすことができる保障をしてくれること、また、親の前で「帰りたくない」とは言えない事情もあるので、たとえ帰りたくないと言わなかったとしても、ひどい目にあったときにすぐにSOSを出せて、確実に助けてもらえる保障が必要です。
また、子どもを守るところが児童相談所に集中していることも一つの課題だと言われています。児童相談所は子どもも親も対応するため、どうしてもどちらか一方を優先させなければならない事態になりがちです。本来は優先される方が「子ども」であってほしいのですが、残念ながらそうならない現状もあります。
だから国連子どもの権利委員会からも注意されているように、子どもだけの味方をする独立機関の設置が求められます。また、子どもの意見を代弁する専門機関が必要だと思います。「子どもアドボカシー」という言葉があるので紹介します。全国で子どもアドボカシーについて考えているところがありますよ。NPO法人全国子どもアドボカシー協議会

update 2025/2/12
Q.無責任で、こちらの辛さを1mmも分かってない応援の言葉が大嫌い
この記事の担当 ウ・サギ

Q.今まで頑張ってきたんだろ?ー頑張ってません。自分を信じて!ー自分が一番信じられません。今は辛いかもしれないけど、きっとサクラは咲くよ!ーなんでそう言い切れるの?
無責任で、こちらの辛さを1mmも分かってない応援の言葉が大嫌い。

A.「無責任で、こちらの辛さを1㎜も分かってない」ような言葉は、ウ・サギも言われると心がごっそりと削られます。だから「大嫌い」の気持ちはわかりますし、嫌いの気持ち=その嫌いな対象から逃げろという自分へのサインだと思っているので、自分の大嫌いがわかるのは大切だと思っています。

ただ、そういった発言は、悪気なく言っている場合がほとんどのようです(ウ・サギ調べ)。誰しも心のありようも経験も様々なのですが、私たちは油断したり余裕をなくすと、自分と相手が同じような感じ方だと思い込んでしまうようです。そして、親切にしたつもりで、傷つけたり頓珍漢なことを言ったりしてしまいます。
違いを知る機会がもっとあれば、きっと色々変わるのではないかと思っています。

update 2025/2/12
Q.なんで苦しんでまで働く必要があるわけ?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「働けない人って、どういう人だと思う?」『病気の人とか?』
、、、精神疾患で苦しんでる人のことは、考えてないんだろうな。そもそもなんで苦しんでまで働く必要があるわけ?

A.カエルは「働けない人」というのはいないと思っています。
どちらかというと、「働くチャンスをもらえない人」とか、「働く環境がすぐにはない人」ともいえるかもしれません。
カエルもそもそも、苦しんでまで働く必要はないと思いますし、「働く」=お金を稼ぐことともあまり思っていません。
こうして「働くこと」について考えて、疑問を投稿することも、カエル的には働くことだと思っています。自分たちの暮らす社会について考えて、自分なりにアクションを起こすことは「働く」ことにつながっていると思います。むしろ、与えられたことだけ考えもせず、こなすだけになるのならそれは「働く」のではなく、「こなす」「作業をする」ということになり、この量が増えると、社会は生きづらくなるというのがカエルのリサーチ結果であります。もっと、働くことについて考えていくのが大切だと思うのです。

update 2025/2/12