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Q&A > ウ・サギ回答のQ&A
Q.悩みを気にしない、もしくは悩みとうまく付き合っていく方法ってあるのでしょうか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.悩みを気にしない、もしくは悩みとうまく付き合っていく方法ってあるのでしょうか。いままで悩みを解決しようと奔走してきたけど、それももう疲れてしまいました。

A.その悩みが心の悩みであれば(その想定で回答します)、心の悩みは完璧に解決できるものの方が少ない気がするので、確かに解決を頑張るよりも付き合い方の習熟を目指した方が楽になるときはありそうだな、と思いました。
でも、世の中は時々簡単に「気にしなければいい」と言ってくれますが、気にしないができたら苦労しないわ・・・!とウ・サギは内心いつもムカムカしています。(話がズレてすみません)

付き合い方の習熟は2つのアプローチがあるとウ・サギは考えていて、
①悩みを整理したり話すことで、悩みが暴れるパワーを弱らせる
②現在目の前にある刺激に気を取られる場面を増やして、悩みが心に登場する隙をほどほどに奪う
の両方がスキルアップすると、徐々に楽になると経験的には思っています。
そのためには、、自分研究会、みたいなのをもっとみんなでやる機会があればいいのになと思いました。生きづLABOで開催してみたいところです。

update 2025/3/2
Q.言葉が少し聞き取りづらくなっていて、会話のテンポが遅くなってしまいずっと怒られる。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.大分前から言葉が少し聞き取りづらくなってしまって、耳鼻科にも行ったけれどなんともない。けれど普段やっぱり聞いてから自分の中で(こう言ったかな?)と考えながら会話しているからテンポが遅くなってしまってずっと怒られる。

A.聴覚ではなく、情報を処理する方の回路に不具合というかバグ?みたいなものが生じている状態なのかなと理解しました。
ちなみに、ウ・サギは生まれつきそれが苦手で、これまでの会話経験や、何か書いてる情報があればそれを総動員しながら、言葉を聞き取っている感覚があります。(なので知らない単語だと、聞き取った日本語が間違っていることが多いです)
だからきっとそんなに変なことでもないし、何かで補って対処していけばいい話のはずなのに、テンポが遅くなってずっと怒られる、というのはなかなか困った事態ですね・・・。目に見えない困りごとは伝えても理解されづらくて、ウ・サギも日々嘆きたくなることがあります。相手にも体験させられたら一番話は早いのですが…早くそういう装置でも開発されないかなあ。

update 2025/3/2
Q.嫌な夢を見ると1日中気分が沈む。嫌な夢を見た日はどう過ごせばいいか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.嫌な夢を見ると1日中何となく気分が沈んでしまう。過去が綺麗じゃないから、嫌な夢ばかり見るのかな。嫌な夢を見た日は、どう過ごせばいいのでしょうか。

A.夢は記憶の再整理をしている現象だという話だったかと思うので、記憶の中に嫌なことが多い人は、嫌な夢を見る確率は高くなってしまうのだろうとは思っています。
つまり嫌な夢は、現実の記憶とリンクしたものであるわけで、それは見た時に気分がいくら沈んでも仕方ないよなあ、とウ・サギは思います。
でもなかなか参ってしまいますよね……どう過ごせばいいのか…。質問の答えにはなってないですが、気分が沈むのも、それはそれで大切なことなのだとウ・サギは思います。嫌なことがあったときに子どもが泣くように、嫌な記憶があるならそれが憂鬱な感情をもたらすのは当然だし、(もっと)泣きたかったー!という叫びでもある気がしています。
とはいえ1日中気分が沈むのもしんどいと思うので、気分転換や気を逸らすことを考えると、自分の脳が何に騙されやすいかを知るのかがポイントだとウ・サギは思います。ウ・サギは目の前のタスクに夢中になりやすいのと、漫画を読むとのめり込むので、気が逸れやすい部分があるのですが、あなたの脳は何に集中しやすいでしょうか…?
あとは嫌な夢を見ただけで心は疲労状態だと思うので、「今日もよく頑張っている、お疲れさま」と自分を労わる気持ちで1日過ごしてもらえたら…とは伝えたくなりました。

update 2025/3/2
Q.子供の頃に戻りたい気持ちは一体どんなところから来ている?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.子供の頃に戻りたいなぁと思う気持ちが、最近大きくなっています。こういう気持ちって、一体どんなところから来ているのでしょうか。

A.ウ・サギも最近その気持ちが大きくなってきているので、仲間が見つかってちょっと嬉しくなっています。
ウ・サギの場合はですが、自分が子どもの頃と比べて(気持ちが)不自由になってしまった自分、そしてそれが完全には戻ることのないことに、気づいてしまったからなのかな…と感じています。つまり、今の自分の未練や望みや痛みと向き合える力が出てきたときに、子どもの頃に戻りたくなるのではないか?というのがウ・サギの説です。だからそれは主観としては良い気分じゃなくても、本質的には自分という存在が回復してきた証なのだと捉えています。
とはいえあくまでこれはウ・サギ説で、まだまだ不完全な仮説かと思うので、他の人の考察も聞いてみたいです。

update 2025/3/2
Q.先生が「これを見て、君たちにこういう思いを持ってほしい」と言うけど、何を学ぶかは私たちの自由じゃないの?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.先生が、「これから動画を見せるけど、君たちにこういう思いを持ってほしいんだ」とか言います。でも私たちがそれを見て何を感じて何を学ぶか、学ぶか学ばないかって私たちの自由じゃないんですか。

A.ウ・サギも、120%それに同意です。今首がもげるほど頷いています。
何を感じ学ぶかは、その人の自由だし、押しつけられた学びは本当の意味で学びではなく、調教や洗脳に近いものだと思っています。
ちなみに、ウ・サギはおおむね学校というものは好きじゃないですが、「こういうのは正しくないな」「ちょっと違うな」という例をいっぱい見れた部分は学びになったと感じています。

update 2025/3/1
Q.不幸せでも生きてゆく方法ってなにかあると思いますか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.不幸せでも生きてゆく方法ってなにかあると思いますか?辛い状態が長く続いていて、正直生きるのが苦痛なのですが、楽に生きるにはどうすればよいのでしょう。幸せに生きるか、死ぬかのどちらかなのかな。

A.幸せじゃなくても、死にたいままでも、それなりに平穏に生きていくことはできる(ウ・サギはその状態なので)とは思います。
でも、「不幸せ」「辛い状態」というのは、幸せじゃないという次元ではなく、積極的に苦痛のあるものかと想像しています。そして、苦痛は周り(身近な人、周りの価値観、社会のあり方)との関係性の中で生じるものであり、辛い状態=環境が合わない状態、という側面が強いと思っているのですが、あなたはどうでしょうか。相手が悪いわけでないとしても、この人と関わっても、ここにいても、頑張るだけ不幸になっちゃうな・・・という場所はあるとウ・サギは感じています。
自分を変えられる幅は小さいですが、付き合う人と環境は、理論上は大いに変える幅があります。
どこで生きるかの選択肢が手軽にたくさんあったら、生きるか死ぬかではなく、さあ楽に生きれそうな場所を探しに行こう、という話になる気がします。そんな世界になってほしいです……。

update 2025/2/28
Q.前まで死にたいと言っててそれを乗り越えた友達の冗談を聞いて苦しくなった
この記事の担当 ウ・サギ

Q.前まで死にたいって言っててそれを乗り越えた友達がね、他のクラスメートに冗談で「お前みたいなやつがいるから去年の若い世代の死因は自殺が1位なんだぞ〜w」って言ってて。そんな簡単なことじゃないだろって苦しくなった。

A.ウ・サギはこれまでずっと「乗り越えた」という言葉に何かもやっとするものを感じてたのですが、それは「簡単なことだったことにする」に近い意味に見えたからなのかもな、とあなたの話を読んで気づきました。
でももしかしたら、それを言っている友達も「簡単なことだった」と思い込みたいだけで、本当のところでは解決していないのではないか(今はうまく誤魔化せているだけ)、ともちょっと考えました。
そう考えると、なんか難しいですね…。でもこういう苦しみを抱えているとじわじわ削られるものがあるとウ・サギは想像しているので、質問に送ってくれて勝手ながら安心しました。苦しさは吐き出して、シェアしていきましょう。

update 2025/2/28
Q.ニキビがやばすぎて自分の顔が嫌いになりそう…なんでモデルとか周りの子達は綺麗な肌なの…?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.ニキビがやばすぎて自分の顔が嫌いになりそう…なんでモデルとか周りの子達はあんなに綺麗な肌で入れるんだろ…?割と意識して生活してるつもりなのに…

A.ウ・サギも身近な人を見て体感しているのですが、ニキビができるかは、体質に左右される部分が大きいです。ニキビができない体質の人は何も意識しなくても一つもできないし、できる体質の人は十分に意識してもできてしまう、というくらいの差があります。(その真ん中の人が多いは多いでしょうが)

だから、あなたの生活の意識が足りないとかの話ではない、とはウ・サギは伝えたいです。ただ、ニキビ対策にベストを尽くしたいなら、やはり専門家である皮膚科のサポートがあった方がいいので、皮膚科に行ってみるのはありだと思います。
皮膚のトラブルは感覚的な不快感もあるし、周りと比較しても苦しくなるし、やりきれないよなあ…とウ・サギは思います。

update 2025/2/28
Q.トランスジェンダーなのに性欲が強くて辛い。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.トランスジェンダーなのに性欲が強くて辛い。どうして性欲があるのか、なくなれば楽なのに…といつも思います。いつも自分の体を嫌悪したり、罪悪感や後悔の気持ちで一杯になってしまいます。どう考えを変えたらいいと思いますか?

A.悩みの切実さを感じ、しばらく考えこんだウ・サギです。
まずは、何の答えにもなりませんが、「睡眠欲」「食欲」「性欲」が人間の三大欲求とも言われる中、「性欲」だけはちょっと特別な場所に置かれているよなあ、とぐるぐる考えました。
眠いから寝る、食欲があるから食べる、性欲があるから(周りに迷惑をかけずに)解消する、どれも等しく、排泄と同じくらいに生理現象だという考え方はできると思いますが、どうでしょうか。

あと、人間は生命の危機や、さみしさ、不安を感じると、食欲や性欲が強くなることがあるようです。
あなたの性欲がどういったメカニズムのものかは、ウ・サギには測りかねますが、「自分は今後どうやって生きていったらいいのか」といった危機や不安からくる衝動、という側面はあるかもしれません。

あらゆる面で、自分の体と心がちぐはぐで、かなり苦しいだろうと想像しています。
でもとにかく、人間の欲は(とくに三大欲求は)、自分の意思や感情でコントロールしきれるものではないので、「自分の心がしていることではない」のだ、とはウ・サギは思います。

update 2025/2/27
Q.自殺する人を止めたいと思うことで生き延びてきたが、生きていてほしいと言うのが正しいことなのか分からなくなった。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.高校3年です。自殺する人を止めたいと思うことで生き延びてきました。死にたい人に生きていてほしいと心から強く言いたいのに、それが本当に正しいことのか、良いことなのか分からなくなりました。死にたい人と向き合うことが怖いです。皆さんは怖いですか?

A.自殺する人を止めたいと思うことで生き延びてきた、というのは、ウ・サギはあまり聞いたことのない生き延び方だったので、どうしてその思いが生き延びる軸になったのかが、とにかくまず気になりました。

ウ・サギは、死にたい=「自分らしく生きれないなら」死にたい=自分らしく存在したい、という意味があると思っているので、自分らしくありたい思いの支持・応援はしたいと心から思いますし、それが生きる道で叶ってほしいと願う気持ちはあります。
ただ、生きていてほしい、というメッセージは時と場合によっては、自分らしくあれない苦しみを尊重していない・受け止めていない態度に相手には見えてしまうこともあるので、取り扱いは難しいなと感じています。

死にたい人といっても、その「死にたい」に込められた思いや傷、背景は人それぞれだと思いますし、周りはその「死にたい」の背後に耳を傾けることしかできないとウ・サギは思います。
そして、相手の気持ちの背後にあるものに耳を傾けるためには、まず、自分の気持ちの背後にあるものをよく知るのが必要だとウ・サギは思っています。そうしないと、相手の声なのか、相手の声を聞いて出てきた自分の声なのか、混乱して、相手の声をうまく聞けないときがあるからです。

ウ・サギは、どんな人相手だろうと、自分に余裕がないときや自分の声(気持ち)がざわざわしているときは、人と向き合うのは怖いです。

update 2025/2/27