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No.1

こうたろー

理念
タフさ
フットワーク
温かさ
好奇心
タイプ
ちょっと生きづらい 現実知ってしまった
特長
よりよい社会のためにできることはなんでもしたい、職業不明なオトナ
メッセージ
あなたの生きづらさは、あなたの中にではなく、社会の「当たり前」や生まれ育った環境や格差の中にありませんか?
生息地
東北や関東が主な生息地だが、現在は西日本を巡っている
食性
辛いもの、地域の名産と地酒(とくに日本酒)を味わうのが好き
習性
スイッチのツボは深いところにあるが、スイッチが入ればどこまでも進んでいく
天敵
「あなたのために」みたいな雰囲気で自分の考えを押しつける大人

タイプ詳細

ちょっと生きづらい
高校時代で大きな挫折を経験し、「死にたい」と思い試みたこともあります。

小中学生の頃は、自分でそう意識していたわけではありませんが、スクールカーストの上の方にいるタイプでした。スポーツが得意で、周囲からも評価や期待を向けられていました。自分でも野球選手になりたいという夢を持ち、ずっとスポーツをして生きていくのだろうということを疑わずに生きていました。

高校では当たり前のように野球部に入部しました。しかし、体の成長の影響で思ったように運動ができなくなったり、部活の雰囲気に馴染めずに、部活をやめることになりました。それは自分にとっては、人生で初めての、そして大きな挫折でした。将来の夢、生きる意味や価値を見失い、ストレスから心身の調子を崩すことも多く、高校3年間は人生を呪い絶望しながら過ごしました。

一方で、その挫折をきっかけに、それまで向き合うことを避けてきた自分の弱さや人の痛み、人生について深く考えるようになりました。「何かができること」を自分の価値と考えていたこと、自分がこれまで無自覚に人を傷つけてきたかもしれないこと…さまざまなことを考える中で、これまで誰かや何かに支えられて生きてきたことにも気づきました。

生きづらさが目を覚まさせてくれた、自分を良い方向に変えてくれたと今は感じています。
現実知ってしまった
大学生の頃、アルバイトやボランティア活動で、子どもに勉強を教えたり遊んだりする機会を多くもちました。その中で、抑圧されて心に傷を負った子や、不登校の子などと関わり、勉強ができることをよしとする大人たちや、不登校の子を苦しめる「学校に行くのが当たり前」という価値観の存在に疑問を感じていきます。生きづらさの背景には社会の歪みがあり、自分の力だけではどうにもならない現実があると気づき始めたのはこの頃です。

その後、東日本大震災が起こり、震災支援に深く関わることになりました。
被災地に通い続ける中で地域を知り、地元の人と信頼関係ができていくうちに、「本当はもっとこういう風に支援をしてほしいんだけど…」という声を聞くようになりました。外から通うだけでは十分に知ることができないと感じ、被災地に移り住む選択をしました。

その土地でともに暮らし、地元の人の思いに触れていくと、支援や復興が必ずしも地元の人のためにあるものではない実情が見えてきました。
暮らしている人の実情や願いを知らない人たちが、もしくは知っていても別のものを優先して、支援や復興の方向性が決められてしまう現実がありました。権力者、いわゆる「大人の事情」が優先される社会の構造、それによって被災者の人生が左右されてしまう理不尽、それらを十分に想像していない権力者に、怒りを感じました。
そして、どうしてこうなるのか、どうしたらいいのかと自分なりに考え続ける中で、これは震災だけに限った話ではなく、社会全体に起こっていることだと思うようになります。

今何をしているか

東日本大震災の被災地で地域食堂の運営に携わったり、小さなオンライン居場所や勉強会を主催したり、生きづらい人が語り合うチャットルームの運営を手伝ったりしています。組織にしばられるのが苦手なので、いろいろなことを自由にやっています。
今はさまざまな地域に滞在していることもあって、住所も職業も不明なオトナ、といえるかも…?「ところで、こうたろーさんは何をしている人なんですか?」と時々聞かれます(笑)
人の権利を守ることやよりよい社会にしていくためにできることをして生きていきたいので、多様な人々や文化に触れる機会を今は多く作って、広い視野で物事を見られるようになりたいと考えています。

わたしのオトナストーリー

高校時代の挫折が大きな転換点となって、そこからたまたま福祉を学ぶ大学に入り(当時は学びたいものが決まっていなく、福祉以外の学部も受験していました)大学の講義や子どもたちとの関わりで考えさせられ、震災でもっともっと現実を知っていって…と、まるで運命のようにオトナになっていくルートに乗っていったなと思いました。
もしそのまま人生について深く考えずに順調に進んでいたときの自分を想像すると、今の自分が嫌うような何も知らない大人になっていた可能性もあるので、運命(?)に感謝したいです。

そしてたぶん、「自分もそうなっていたかも」という感覚があるからこそ、普通に生きていったらそうなってしまう今の社会への危機感、痛みを知らないで(知ろうとしないで)いろいろ無責任なことを言う大人への怒りが強いのだと思います。
今まで怒りはもってはいけない感情だと思っていたのですが、恩師が「誰かのために怒れる人になってください」というメッセージを残していることを知り、理不尽な現実に対する怒りを大切にしたいと思えるようになりました。社会の「当たり前」によって苦しんでいる人の存在、そのことに無自覚でいる力を持った人たち(多数派)への怒りが、オトナの自分の原点となっていると思います。

オトナとして大切にしていること

子どもたちと関わってきたことや震災支援の経験から、自分の見ている世界を当たり前だと思ってしまうと、誰かを傷つけてしまう可能性があることを感じてきました。よかれと思ったことが、人を傷つけてしまうこともあります。だからいつもきちんと話を聞いて、想像しようとして、考え続けることが大切だと思っています。

また、自分一人の力だけでできることはほとんどないと思っているので、誰かに「力を貸して」と助けを求めることも大切にしています。セルフケアも意識して、自分を休ませたり、自分のコンディションを確認したりする習慣を持つようにしています。自分一人でできることがちっぽけでしかないからこそ、オトナを目指す人には、それらのことを大事にしてほしいと思っています。

支援者であることは優位な立場に立っているということだと思っているので、そのことを忘れずに(忘れたら偉そうなおじさんにまっしぐらと思っています…笑)、いつも一緒に考えて、社会を変えていけるようなオトナでい続けたいです。