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No.5

葉っぱ

理念
タフさ
フットワーク
温かさ
好奇心
タイプ
ちょっと生きづらい 行きがかり
特長
となりで一緒に考えることを大事にしたいオトナ
メッセージ
自然界のように「無理をせず、そのままの自分で生きていく」ことができる社会を目指したい
生息地
日本の真ん中あたり ときどき夜の高速道路で風に吹かれる
食性
枯れそうなときはお菓子が主食になっている
習性
太陽光が苦手。踏まれて潰れるけど、いつの間にか復活する
天敵
不機嫌な草、怒っている草 ピーマン

タイプ詳細

ちょっと生きづらい
両親は仕事で忙しい家でした。弟は発達特性が強いけれど愛される力を持っていて、私は「しっかり者」でいることがアイデンティティになっていました。父親との関係はあまりよくなく、不機嫌な人が大の苦手になりました。
そのあたりが関係してなのか、小学生の頃にいじめられても、誰にも相談しなかったです。

中学生になっても人間関係で悩むことがたくさんあり、気持ちが不安定になることが増えました。
朝起きると身体をサイコロステーキのようにバラバラに切られるような不思議な感覚に襲われたり、突然涙が出てきて死にたいと思うようにもなりました。(当時、この現象を「爆発」と呼んでいました)

高校では何かが弾けたように一気にグレて、夜な夜な遊び回るようになり学校も辞めました。
高校を辞めてからはバイトを掛け持ちして忙しく過ごし、音楽(DJ)を通じて居場所ができるなど、今までと違った人種との出会いが増えていましたが、「爆発」も度々・・。自分が苦しい理由は分からないままで、その都度対処することで精一杯でした。その後は専門学校に進学して一人暮らしを始めましたが、大切な人を事故で亡くす悲しい出来事もありました。

卒業後就職した会社では、忙しさのあまり体調を崩しすぐに退職。先の見えない不安の中で、様々な仕事を転々としていました。
行きがかり
仕事を転々としている頃、祖母が認知症になりました。いとこにも重度の知的障がいがあり、何か福祉にかかわる知識が身につけば・・と軽い気持ちで成年後見制度について勉強したことから、少しずつ人生が動き出しました。

バイトの休みを利用しながら数百名が集まる講座に通う中で、福祉への興味とともに自分が何も知らないことを悔しく感じていました。
どこでどうやって学ぶことができるのか分からず悩んでいたところ、母親が仕事をしながら大学へ通っていたことを思い出し「もしかしたら自分も行けるのかな・・?」と考え始めました。

思い立ったのは夏頃で、急いで大学の資料請求をしました。長く学校の勉強から離れていたのでセンター試験は無理、学費はなるべく安く・・と外せない条件を絞りながら、面接と小論文で受験できる学校を選び、27歳で福祉系の大学に入学しました。
引っ越し当日までバイトをして、サービスエリアで車中泊をして入学式へ向かったのはいい思い出です。
縁もゆかりもない土地で現役生に混じっての生活は不安もありましたが、同じ学びを志す仲間や先生との出会いは「生きづらさ」を通じて自分と社会を見つめ直すスタートになりました。

今何をしているか

少し前は、障がいのある人の暮らしのお手伝いをする仕事をしていました。
安心して地域で暮らせるようになるために、家を訪問したり、病院に一緒に行ったり、関係者を集めて話し合いをしたりしていました。

今は、広く困っている人の相談を聞いたり、家にいるのがつらくなってしまった人に地域の中で逃げる場所をつくる仕事をしています。
隣に座って話を聞いたり、一緒に住む場所を探したり、使える制度がないか考えたり、ときには一緒にご飯を食べたり…と、支援者と友達の中間のようなスタンスで関わっています。
相手がどんなことを苦しいと感じているのか理解したいとき、困っていることの後ろ側にどんな社会問題があるのか考えたいときには、生きづらさが強みになることもあります。

わたしのオトナストーリー

小さい頃は、傷ついたり嫌だなと思う出来事があったときに、どう表現していいのか分からなかったように思います。
「自分がおかしいからいつもうまくいかないのでは」という気持ちが常にあって、自分や相手、世の中に○か×をつけたいと必死になっていました。自分の中で湧き起こるいろんな気持ちの間で揺れながら、ずっと答えを探していました。

でもいろいろな人と出会っていったり、勉強したりしながら、自分に起こったことを振り返る中で、「○と言われているものが、唯一の正解ではないかもしれない」「×ではなく、こういう出来事だったんだ」などと、○か×かの世界から少しずつ抜けていきました。読んだ本で出会った「コトバ」、会話の中での誰かのちょっとした「コトバ」…、自分にしっくりきたものをこつこつ拾い集め、自分の物語に足したり引いたりしているうちに、生きづらさの正体や社会の問題が少しずつ見えてきた感覚です。
今でも死にたい気持ちはときどき出てきますが、自分なりの付き合い方がわかってきたのか、爆発の回数は減ってきています。

だから、○や×にしばられない、安心して「へんてこ」でいられる場所が大切だと思っています。
わからないことやできないことがあっても大丈夫だし、生きづらい人間であることを堂々と表明できる世の中であれば、自分もみんなも楽になれるのかなという思いで、オトナとして日々やれることを考えています。

オトナとして大切にしていること

これまで出会ったたくさんの人々の話を聞いていると、自分の力ではどうしようもない問題や、世の中が抱えている課題と理不尽さ、人を追い詰めてしまう社会のシステムを目の当たりにします。
勉強ができる方がえらい、仕事ができる方がすごい、お金をより多く持っている方が強いなど、人々を分断する価値観にも、いたるところで出会います。でも本当に大事にしないといけないことは、弱さや生きづらさの中にこそ詰まっていると私は感じています。競争に自ら身を投じたい人には「どうぞ行って下さい」と思いますが、弱さも大事にできる社会になってほしいなといつも思います。

また、自分もそうだったのですが、多くの悩みや問題は一朝一夕で解決できるものではありません。
そうした葛藤や迷いを抱え続けていくこと、一緒に考え続けていくことは、今の仕事にかかわるオトナとして大切なことだなと思います。

私は「相談する人/される人」「支援者/利用者」という上下関係がずっと苦手で違和感を持っています。
お互いに一人の人間同士なのに、そうさせてくれない社会福祉の制度にも疑問を持っています。年齢も立場も関係なく、お互いに助け/助けられる世の中をつくっていくために何ができるのか考えながら、仲間とともに奮闘中です。