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タグ人間関係
Q.肩の力を抜いてみたら自分が損をし、余計に力を抜けなくなってしまった
この記事の担当 ウ・サギ

Q.肩の力を抜きたかったのですが、実際にやってみると自分が損をする展開になり、余計に力を抜けなくなってしまいました。でもやっぱり、真面目に生きるのはエネルギーをかなり使うので、疲れます。どうしたら良いでしょうか。

A.真面目に生きるのはエネルギーを使うし、力を抜くと損をする展開になることもある・・・。結局は何を選んでもメリット・デメリットはあるのが、人生なのだろうか……と自分のこれまでも振り返りながら、ぐるぐる考えてしまいました。でも、もしそうだとしても、どっちのデメリットの方がまだマシなのか、どうしたらデメリットを小さくできるのかは、選べる余地があるように感じています。
損をしそうな場では真面目モードで、肩の力を抜いても大丈夫な場では力を抜くモードで、という使い分けが上手になれば、少しずつ楽になれる道はあるかと思いましたが、どうでしょうか。でも肩の力を抜いてのびのびできる場って、今なかなかないかもな…と思うと、こんな世で申し訳なくなります。
ただ、試行錯誤してそれを言葉にできる力があれば、徐々に自分のちょうどいい力加減を見つけていける気もします。

update 2025/4/13
Q.「同性愛を認めるなら小児性愛も認めるべき」という意見をどう思いますか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.「同性愛を認めるなら小児性愛も認めるべき」という意見をどう思いますか?恋愛は両者の了承があって成立するので、それが正しく判断できない小さな子どもとの恋愛関係を認めないほうがいいと思います。でも、これも差別的な発言なのかなと思ってしまいます。

A.あなたの意見におおむね同意で、ウ・サギは、恋愛は対等な(適切にNOが言える)関係において成り立つものだと思っています。なぜなら恋愛は、心や体のパーソナルスペースに侵入する行為なので、十分な合意がないと、深いダメージを相手に与えてしまうからです。
フィジカル、経験、立場などに明確な上下関係がある場合、下にいる側は断りづらいですし、上に過剰に憧れて判断能力を失ってしまっているケースもあります。そういう意味では、小児性愛に限らず、認めないほうがいい恋愛関係というのは存在するとウ・サギは思います。
逆にいえば、対等であれば、どんな性別だろうがどんな形だろうが、誰が誰とどう仲良くするのも自由だと思います。

何に恋愛的・性的に惹かれるかの内心は自由ですし、選びようもないものなのかもしれません。
でも、大人が小児と付き合うのは、たとえ子ども側に恋愛感情らしきものがあったとしても、恋愛でなく暴力や支配だとウ・サギは考えます。
「小児性愛者」(人)をバッシングするのは差別になるかと思いますが、「小児性愛」(行動)を認めないのは差別ではないとウ・サギは思います。また、暴力的な行動に及びたくなる人に対しては、批判するのではなく、行動に移さないための適切なケアや教育が必要だとも思っています。

update 2025/4/13
Q.物事と距離をとるのが苦手で依存的になってしまう。どうすれば適切な距離感でやっていけますか。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.物事と距離をとるのが苦手です。依存的になってしまって、危ないと感じたら一気に距離をとる(手放す)、というのを繰り返しています。多分依存体質なのですが、どうすれば適切な距離感でやっていけますか。

A.なるほど、現状の把握は的確であるように感じました。
距離感の課題は距離感の問題としてどうにかしようとするよりも、背景にアプローチすることが大切だとカエルは思っています。他のやめたくてもやめられない依存症の問題も同じで、「やめるのにはどうしたらいいか」と対策して、うまくいかないことがあります。背景に「安心安全」の感覚が脅かされている、不安のようなものがあると推測します。まずは、「物事との距離感が苦手」であることを自覚していることだけで、OKだと思って、そこから自分の距離感分析をしていけたら、少しずつ変化があるとカエルは感じました。
あとは、同じようなことで悩む人と意見交換できる機会があると効果的かもしれません。

update 2025/4/13
Q.大人ってみんな自分の間違いや失敗を認めないよね。しかもそれで人に迷惑をかけても謝らない!なんで?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.大人ってみんな自分の間違いや失敗を認めないよね。しかもそれで人に迷惑をかけても謝らない!なんで?

A.カエルもオタマジャクシのころ、同じことを考えていました。これは推測ですが、知らないうちに「間違ったり、失敗することはよくないことだ、あってはならない」という呪いをかけられているからではないでしょうか。呪いのせいなので、そんな大人は自分のおかしさに気づくことができず、ひたすら自己正当化に走るのです。そして、質問者のような子どもたちに見抜かれる…悲しい現実です。
子どももやがて大人になります。呪いにかかることのないよう、子どものうちから「あ、間違ってた」「失敗しちゃった」「ごめんなさい」と素直に思える自分の心を大切にしましょう。
また、間違いや失敗はそもそも、見方を変えると「間違い」ではなく「違ったやり方、違った結果」かもしれないですし、「失敗」ではなく「学びの機会」「想定外だった」だけかもしれませんよ。

update 2025/4/7
Q.生きづらさを創作で昇華し発表してきたが他人の存在が怖くなってきた。発表せず一人で作り続けるのもあり?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.感じたことや生きづらさを創作に昇華して、個人で発表してきました。いいねやコメントをいただいたり、ファンがついたりしましたが、他人の存在が怖くなってきました。交流はいらなくて、ただ作りたいだけだったのかも。発表せず1人で作り続けるのもあり?

A.ウ・サギは交流も発表もせずに創作活動をしているので(生きづLABOは表の顔で、裏の顔での創作もあるのです)、こちらの世界にようこそ、といった気持ちになりました。
ちなみにウ・サギは、非公開ブログ一つと、自分を理解してくれて(こちらから聞かない限り)感想も言ってこない相手にしか知らせてないブログ1つでこっそり活動中です。
どのように創作活動するのも自由ですが、創作はまず第一に自分のためにしていることだと(自己治療に近いかも、とも)ウ・サギは考えています。だから、そのときの自分の作りたいように、やりたいようやるのが一番だし、どんな形もありだと思っています。

update 2025/4/5
Q.承認欲求に支配されています。どうして私は、こんなにも承認に飢えているのでしょうか。
この記事の担当 やみーペン

Q.承認欲求に支配されています。周りからどう見られるのか、肯定的な評価を得られるか、そんなことばっかりが気になります。どうして私は、こんなにも承認に飢えているのでしょうか。

A.否定が多い環境にいると承認欲求が高くなる気がやみーペンはしてるよ!承認を受けれる機会が多かったら特別なことじゃないからあんまり求めなくてすむ気がするんだよね。

update 2025/4/5
Q.親の考えの押し付けが辛い。ずっと親の目をうかがって生きている。どうすれば良いだろうか。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.親の考えの押し付けが辛い。
辛いと私が言っても、大丈夫だろ。でいつも終わってしまうし、いつしか、育ててやってるんだ。住まわせてやってるんだという上下関係になりつつあり。
ずっと親の目をうかがって生きている。どうすれば良いだろうか。

A.親って子どもにとっては、権力的な存在なので、そこからの決めつけや押しつけは本当に困ったものだとカエルは思います。権力の正しい使い方を知らない大人はたくさんいます。(学ぶ機会がないのが課題なのです)
でも、その不当な状況に気づき、こうして的確な表現で外に発信できるのですから、すでに押しつけの親を超えた成長を遂げているようにお見受けしました。
親の目をうかがって生きていると書いていますが、親の言動をアセスメントし、戦略を立てていると思ってもいいとカエルは考えます。あなたが教えてくれた情報から考えると、そんな親にまともに向きあっても、メリットよりもデメリットの方が多いように思ったので、距離を取る、あるいは適当に表面的なところだけ合わせたふりをするなど、親との距離のとり方、付き合い方を工夫することが有効かもしれません。
ただし、圧倒的な暴力や心身への不調が明らかに出るような状況なら、親と離れるための方法を考えてもいいとカエルは思います。もちろん、圧倒的な暴力がなくても、親が嫌いで一緒にいたくないという気持ちで相談することもありです。親子だからと言って我慢して一緒にいる必要もないし、理不尽なことには従わなくてもいいのです。そして、親だからと言って子どもの権利を奪ったり、決めつけや否定をすることはいけないことです。でも、現実として子どもの権利が守られていない状況はたくさんあるのも知っています。
だから、現状に異議を唱えて、質問してくれたことをカエルは頼もしく感じました。

update 2025/4/5
Q.学校で聞こえるように悪口をいわれてて辛いです。この状況を変える方法は無いのでしょうか
この記事の担当 生きかたカエル

Q.学校で聞こえるように悪口をいわれてて辛いです。この状況を変える方法は無いのでしょうか

A.状況を変える方法はいろいろとあるかと思います。思いつくことを考えてみました。
①信用できる誰かに現状を訴えてみる(助けになる相手がいるかどうかがポイントです)
②言ってくる相手に直接嫌であることを伝える(かなりハードルは高そうですが、即効性があることもあります)
③学校に行かない選択をする(つらい状況から物理的に離れてみると何か違うことがわかるかもしれません)
④言ってくる相手に近寄らないようにする、あるいは聞こえても自分には関係ないと無関心を貫く 
⑤言ってくる相手の心理や生態をさらに観察してみる

カエルが強く訴えたいのは、悪口というのは言われる方の問題ではなく、言う方の問題の方が大きいということです。対人関係において、困ることがある場合は相手に直接、伝えるのが礼儀だと考えています。また、伝えるのは文句を言うとか、否定するのではなく、具体的に何が嫌なのか困っているのか伝えて、協力のお願いという形がよいかとカエルは思っています。
ただし、そうした礼儀を習うことがほぼないため、自分の不平不満を一方的に垂れ流す方法が「悪口を言う」というスタイルで強く存在してます。困ったものです。(学校の子どもたちだけではなく、大人の世界でも残念ながらあるのです)
あなたに悪口を言う人も何か対人関係や礼儀を学ぶことがなかったのだろうと、思います。それはひとえに周囲の大人の力不足で申し訳ないです。あなたには自分に起きている理不尽をこうして気づいて何とかしようとする力がるので、自分の力を信じてできそうなことをやってみてください。

update 2025/4/5
Q.ねえねえ付き合えたよ!!!やったー!!
この記事の担当 やみーペン

Q.ねえねえ付き合えたよ!!!やったー!!今日卒業式だったから中学で離れ離れにならないか心配…🥺同じクラスがいいなー!ちょー幸せ!

A.幸せ報告ありがとう~卒業もおめでとう~。中学校はどうなるのかな~今の幸せが続くようにやみーペンは祈っておくね!

update 2025/3/31
Q.遊びの誘いを金欠や大人数が苦手なので断ったら今もそれで友だちと少し気まずい。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.僕は今中1です。終業式の後女子8人で遊ぶ(カラオケ)に行こうという話になりましたが僕は金欠や大人数が苦手という理由で断りました。今もそれで少し友だちと気まずいです。中2からさらに気まずくならないか不安です。

A.誘いを誠実に断ることができる様子から、アサーティブコミュニケーションの力をカエルは感じて、頼もしくなりました。ただ、実際には誠実に断るという行為への理解は必ずしも好意的に受け取られないこともあり、おっしゃる通り気まずさにつながることもあるかもしれません。
かくいうカエルも大勢の集まりが苦手で、仕事仲間からの飲み会の誘いを断り続けています。最初は若干気まずいこともありましたが、やがて「カエルさんは来ないもんね」と認定されて、誘われなくなり気楽になりました。あなたの誠実さは伝わると思いますし、もしもそれが伝わらない相手なら距離ができてもいいのかもしれないと感じています。ひそかにカエルと大人数ワイワイ苦手同盟を作りましょう(会員募集中)

update 2025/3/31